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翻訳者になるには

私は研究者の端くれとして英語論文に日々目を通し、その後は理化学機器メーカーの社内翻訳者、翻訳会社コーディネーター、現在はフリーランス翻訳者として、この業界に長いこといます。たまに翻訳者志望の人から助言を求められますので、ヒントになればと思い書いてみました。

翻訳者にもいろいろ種類があって、私は産業技術翻訳者に分類されます。他には文学(書籍)の翻訳者、特許翻訳者、字幕翻訳などがあります。通常これらの間で兼業はしませんので、他の分野の翻訳者については何やってるか知りません。通訳と翻訳も全く別物です。出版社からの文学翻訳なんて、未払いや単価切り下 げなどいい噂聞かないですね。
先日、同業者と話をしていて、某社文庫の初版部数に驚愕した。いや、ついにそこまで下がりましたか、と呆気にとられた。1冊の本を3カ月かけて訳して、税込印税が30万切るという。翻訳家の年収120万円時代が現実のものになっているとは。専業の出版翻訳家が存在できる時代は、終わったね。
http://togetter.com/li/889292

翻訳者という仕事ですが、私は完全にデモシカです。新たに志望する人には全くお勧めしない職業です。単価は安くなる一方だし、不安定だからです。

何十年も前は翻訳者は翻訳家の先生なんて呼ばれ1000万円プレイヤーもいたみたいですが、今はそんなことは絶対にありません。聞いた話だとその当時の単価は20円だったみたいですが、私が翻訳会社で働いていた10年前に12円というのが残っていて、だんだんと10円に切り替えている最中でした。(ひどい やり方ですよ。12円の全員にメールで今度から10円でやらせてくださいって送るの。半分位はOKで半分位は断られるから、断られた人は干す。音を上げる まで仕事上げないで、放置)。今じゃ10円は良いほうで、8円とか、たまに5円とかで募集してるの見ますね。売上600万あったらトップだと思います。

向いていない人

・あなたが英語が好きだとか、英文科を出たからという理由だけで志望している場合、産業翻訳では使い物になりませんので諦めましょう。英語なんて、アメリカじゃホームレスでも喋ってます。
・締め切りが守れない人。仕事を二度ともらえなくなります。
・メールをすぐに返せない人。翻訳会社はリアルタイムなコミュニケーションを要求します。
・毎月決まった収入がないと、不安を感じる人

向いている人

1. 文章を書くのが好きで、日本語を正しく、上手に書ける人。ミスが少ない人。
2. 技術系で専門分野があり、実務経験がある人。
3. ほぼ辞書を引かないでも英語を読める人。
4. ある程度能力が高く、でもサラリーマンに向いてなくて、それでもなんとか稼いで食っていなくてはいけない人。
5. 様々な困難を逆に楽しめる人(クライアントからの不払い、無茶な納期、単価交渉など)。
6. 病気などで会社勤めできない人。

どんな仕事か?

・とりあえず最低でも朝9時から仕事を始め、夜の9時まで英語を読み→理解し→日本語としてアウトプットする仕事です。一ヶ月休みなし、一ヶ月間誰とも話さないなんてこと良くあります。これに耐えられない人は、能力があってもお勧めしません。
・せっかく翻訳者として活動を始め、いい仕事をしていた人が、半年位で精神的にきつくなって、止めてしまうのを結構見てきました。
・どんなに高い単価で契約しても、仕事がなければ収入は0円です。専業で食っていけない業界は終わっています。
・不況になると、大手企業は一斉に外注費を減らします。そうすると翻訳の仕事も世の中からなくなり、数ヶ月仕事なしということはザラにあります。(リーマンショック後など)
・フリーランスは安定しないので、旦那のいる主婦とか、俺なんて最初の5年位はホテルの夜勤バイトやって兼業していました。なかなか専業で食べていくのは辛い。

単価

上にも書きましたが、私が2010年頃翻訳会社の支払いは12円でした。Tradosがない頃は20円だったそうです。私が独立した2013年頃は10円~7円という募集でした。それからもだんだん単価が下がり、2024年、最近の募集を見てみると8円~2円という募集が見えます。そしてこの8円は普通の翻訳で、機械翻訳を自動的に適用され、単価は70%とか勝手にディスカウントされますので、実質5.6円~2円になります。なぜ10円というのが大事かと言うと、一日2000ワードで10円で2万円稼げます。フリーランスなので10日~20日のフル稼働で20万~40万円の収入になります。これでやっと勤め人と同じ位ですよね。これが5円になると、10万~20万円/月の稼ぎとなり、アルバイトの収入と一緒、専業では食えないということになります。なので、今は専業の人はだんだんと廃業し、主婦が空いた時間に家でできるアルバイト程度ですね。男の知り合いで翻訳者の専業の人はみんな止めちゃいました。俺も、雇われにもどろうかなとか検討しています。

ヒント

・家でもできる仕事ですが、時間のメリハリがつかなくなるので、できれば職場と住居は分けたほうがいいと思います。
・仕事が安定しないから、社員として翻訳者になる人がいますが、安定しないのはあなたの腕が悪いからです。せっかく雇われの身分を離れてできる仕事なんだから、フリーランスでやってみましょう。ちなみに正社員は【報酬】年俸240万円~(月給20万円×12か月分。賞与なし)みたいのが本当にあります。
・旦那に食わせてもらっている主婦が、英語できるからと、小遣い稼ぎの軽い気持ちで翻訳者になり、非常に安い単価(数円/word)で仕事を受け、単価を下げていますが、こっちは生活かかっていますので、迷惑です。こういう人たちと同じ土俵で戦わなければいけません。
・産業翻訳の分野では、ほぼTRADOSというソフトが使えないと話になりません。ソフトが約10万円。使い方も複雑で、初めての人は講習を受けて使い方を覚える必要もあります。これをクリアしても、仕事がもらえるか、やってみるまでわかりません。
・平均月収は20万位じゃないかな。翻訳会社勤めていたとき、支払いがトップの人で、最高の売上月で60-80万位の月収でしたね。(ただしこの人はさらに、下請けの人を使っていて、その支払をしている可能性がある)
・あまり自分の能力を安売りしないようにしましょう。もし単価5円で引き受けると、一日1万円で、コンビニ店員と同じになります。しかもフリーランスは毎日仕事があるわけじゃないので、食えなくなります。食えないような業界はまともに発展しません。
・これからは機械翻訳の精度も上がり、その修正作業を人間が行うだけのつまらない業界になります。新規で志望する人は止めましょう。食えなくなります。

いいところ

忙しいと、やった分だけ収入が増える。
満員電車や上司のストレスとは無縁。(クライアントからの納期と品質の圧力はすごく感じますが・・・)。
インターネットがあれば、世界中どこでも仕事ができる。
嫌な仕事は断れる
最新の情報に触れられる
好きなときに昼寝し放題
長期で休める。(私は独身の頃は年に10か月働き、2か月海外で暮らしていました)。

悪いところ

家族がいる人は集中できないので、家の近くに仕事場を借りる必要があるので固定費がかかる。
収入が↑↓と安定しない。ボーナスない。休みない。有給ない。忙しいと地獄、暇だともっと地獄。
一ヶ月誰とも話さなかったり、社会から隔離された孤独なお仕事です。

賃金の未払い

サラリーマンをやっている方は給料未払いなんて経験したことないと思いますが、翻訳業界は本当に未払いが多いです。儲からないから払う金がないのか、不誠実な人が参入しやすいからなのかわかりません。Webや基本翻訳者DBなどに連絡先を公開していると、そういう会社から仕事の引き合いを受けます。一応会社名をググったりして評判を見てから受けましょう。基本的には、外国企業から未払いなんて食らったらまず回収する方法はありません。私の経験上、未払いはイギリス人、ロシア人、韓国人、インド人で起こっています。一生懸命やって納品した仕事で未払い喰らうと、そいつを呪ってやりたくなります。
私も何度かあります。悪徳企業が滅びますように。(-人-)ナムー

腱鞘炎

仕事やり過ぎると腱鞘炎必ずきます。
・フットスイッチなどを用いて、ctrl+c、ctrl+vのような2つのキー同時押しはなるべく避ける。
・Tradosのショートカット、ctrl+alt+(さらにもう一個)みたいなのは、「鍵盤の執事」というソフトを使って回避する。
・適度に休む。熱を持つような時は、作業後に冷やす。
・キーボードは金に糸目をつけず、東プレやFILCOといったタッチの軽いものを選ぶ。
・知り合いの翻訳者さんは、キーを打つのが半分になると、「かな入力」をわざわざ覚えました。

慢性前立腺炎/骨盤内疼痛症候群

翻訳者は一日10-12時間椅子に座りっぱなしになります。40歳過ぎた頃に、ある日突然猛烈な不快感がやってきました。
病院で検査しましたが、細菌性ではないとのこと。泌尿器科に行っても明白な異常はないまま症状だけは続きます。
その場合、原因は明らかに座りっぱなしが原因です。私は炎症部位は前立腺ではなく、骨盤内のうっ血と、周辺組織の神経の炎症ではないかと疑っています。
とにかく、私の場合は泌尿器科でもらったエルサメット錠はほとんど効果がなく、それでも座ると不快感、痛み、尿意がひどいので、
結局スタンディングディスクを導入しました。
・仕事中座らない(立って仕事)
・円座クッションを使う
・自転車に乗る時間を減らす
・銭湯で電気風呂で骨盤内を緩める
・整骨院でマッサージ
・儲かる仕事でも断って、週に一日は必ず休む
・長距離を歩くのも良い。
これを続けて2年位して、ようやく症状が安定してきました。

仕事場公開



確定申告

一人自営業とは言っても、やってることは翻訳会社と一緒ですから、制作(これがメイン)、営業(最初は大 変)、経理の3つの大きな仕事があります。一通り回してみて、慣れれば楽なんですが、私も初めては確定申告大変でした。白色申告で数年やってから青色申告 に移行しました。ソフトは弥生が有名ですが、高かったのでソリマチの使ってます。2年で7000円でした。ソリマチしか使ったことありませんが、翻訳業の申告に使う分には特に機能に問題はありません。翻訳は正直、パソコンとインターネットと事務所があればできますので、よっぽどでないかぎり赤字にはなりません。そのため白 色申告で結構な額を黒字にすると、翌年の健康保険がものすごい額の請求が来ます。唯一できる対策としては青色申告65万+小規模共済、この組み合わせで100万円の利益は潰せます。あとは利益でたら正直に税金払うしかないですが、そんなに大きく儲かることもないのがこの業界です。

健康保険

会社を辞めてフリーランスになった時点で、市区町村運営の国民健康保険に入ると思います。サラリーマン時代は基準所得の7%位でしたが(今は9%位?)、国民健康保険は、無職、低所得者や年金ぐらしの方向けですので、基準額の13%位取られます。ある年、国保から100万近い保険料請求書が届いたので、国保は脱退して翻訳者が入れる健保組合に入りました。そしたら年間で40万位に下がりました。組合の回し者ではないので具体名は書きませんが、聞かれたら教えます。

脱税&税務調査について

翻訳なんて糞儲からない仕事、どーせ税務署調べないだろうと思ったら大間違い。ある年税務署からお手紙が届き、一件だけ漏れていた海外売上(1ヶ月分)が見つかり修正申告させられたことあります。
結局、現金取引してるわけじゃないので、相手先企業からの売上は全部口座経由なので、調べられれば差異が分かります。修正申告めんどくさいし、それに対する所得税に延滞の利息までかかります。悪質だと重加算税取られます。

機械翻訳-編集作業(MT-PE)について

最近人工知能とかが流行していますので、翻訳業界にも機械翻訳で翻訳させればいいじゃん?みたいな流行が あります。正直ヨーロッパ言語間ではかなり上手くいきますが、英語・日本語であまり上手くいきません。コンピューターは最善手があればそれを見つけること は得意ですが、日本語の最善は各人によって異なるからです。正直機械翻訳されたきったない文章を直せって押し付けられても、始めから自分で訳した方が手間 がかかりません。MT-PE3円でやれとか、SDLですら、新規5%割引でやれとか言ってきますので、そういう会社は無視した方がいいですね。

tandard -New単価の5%を引いた単価をSDL-MT Networkに登録
** 2016年1月~3月にてデータ収集を行った結果、平均5%の効率向上という分析結果がでました。

-5%ならまだましです。最近取引していた外国企業は、使えもしない汚い機械翻訳を自動的に当てはめてきて、これを処理(Posteditという)すれば作業楽だろ。だから単価をこれまでの翻訳の70%に減らすからと通告してきたので、取引を切りました。

MTPE(マシーントランスレーション➙ポストエディット)の編集:

The effectiveness of the instrument improves with:
Proximity to the item or person being investigated.
Time to allow the instrument to respond to radiation.
測定器の有効性は、以下によって向上する:
調査対象物または人に近接する。
測定器が放射線に反応するまでの許容時間。


まず、こういう機械翻訳された汚い翻訳が含まれたものが送られてきます。この機械翻訳のせいで、作業が楽だから(ほんとか?)単価70%に減っています。

1.これは放射線を検知する装置なので、まず「測定器」ではないです。➙検知器に直します。有効性というか、装置の感度のお話ですよね?
2. 近接する?が不明。ようするに、検知器と放射性物質の近さが重要です。
3.これは装置の反応性の話なので、上記は距離、下記は時間の話です。つまり、この装置が放射線源に近いほど、放射線源に暴露する時間が長いほど、感度が良くなるということで、許容時間を設定変更できるわけではありません。

プロの翻訳者なら、周りのコンテキスト(文脈)を考慮して、上のように考えてから訳文を作るわけですが、このようにAIは文脈を理解していませんので、全く使えない機械翻訳なので、手動で全部翻訳し直しなので省力化に全くつながらないどころか、1-3のように変な訳文を生成しますので、機械翻訳を手直しする人はそれにつられて誤訳を誘発します。

日本語はひらがな、カタカナ、漢字の3種類があって、Install➙設置(ハードの場合)、インストール(ソフトの場合)とか
Window➙まど、マド、窓とか使い分けているんですが、機械翻訳はこれが理解できていないんです。
他にも日本語は主語や代名詞を使いませんが、英語はこれが頻出したり、Youを読み手によってお客様とかにしたり、機械翻訳は全く使えないんですが、
それをクライアントに伝えても、理解してもらえないし。別に「機械翻訳なんで、誤訳があってもいいですよ~」というならいいんですが、日本企業は金は70%しか払わないくせに、マニュアル翻訳と同じ品質を求めてきます。それでも最近は、こんな仕事ばっかりなので、英語が好きな人は、翻訳者とかにならないほうがいいですよw

消費税

外国取引では消費税が免税されています。つまり日本企業が翻訳を頼むと10%高くなりますが、同じ単価で外国企業に発注することで、10%安く済みます。そして私たち翻訳者は国内企業からの受注時には消費税分を請求できますが、外国企業から受注することで、10%を請求できません。こうして国内の翻訳会社は仕事が減り、国外に仕事が逃げていくのです。

翻訳を題材にした小説

翻訳者が主人公の物語は地味すぎてほとんどないのですが、吉村昭の『黒船』が江戸時代の通訳の苦悩を良く描いており、非常に共感できました。